2026年2月8日、広島では珍しい本格的な雪。

僕はパッシュファミリーを見習って、自転車で講演会の会場である広島おりづるタワーまで行こうと決めていたが、雪になったので歩いていくことにした。約7㎞。普段であれば迷わず車で移動する距離だが、あの『私たちは遊牧民として生きることにした』のパッシュファミリーに会いに行くのにそれはふさわしい移動手段ではないと思ったから。
12:30開場、13:00開演とのことだったが、少し早めに会場に向かった。12:00過ぎに会場に着くと、すでに入場が始まっていた。僕はセミナーや講演会はいつも最前列に陣をとる。もちろん今日も。
すでに投稿したようにパッシュファミリーの15年以上にわたり、世界約50か国を自転車で旅をした記録『私たちは遊牧民として生きることにした』

を読み、いたく心を揺さぶられていたのだから、それはこれまでの講演会でそうはしなかったとしても、今回はそうしていたかもしれない。
最前列に陣をとっているわけだから、後ろの様子は見えてはいない。ただ、次から次へと人が入ってくる様子はなんとなく感じていた。開演時間になるころには立ち見が出るほどになっていた。優に100人は超えている(のちに主催者の植田さんに聞いたのだが150人超だったらしい!)。あいにく、今日は衆議院議員選挙の投票日と重なってしまい、しかもこの雪模様。主催である出版元のぞうさん出版の植田さんのもとには残念だけど行けないという連絡が何件も入ったというので、来場者が少なくなってしまうのではないかと、心配されていたようだが、そんな心配はどこ吹く風。会場は開演前から熱気に包まれていた。
前置きはこのくらいにして、まずは率直に感想を述べよう。
本を読んだ時の感想では「羨ましい」と書いたが、今回は完全に「感服した」「恐れ入った」だ。

旅の詳細は本に任せるとして、家族4人が変わるがわるスクリーンに映し出されている映像に合わせてナレーションをする。まるで無声映画で弁士が話すかのようなスタイル。12歳のナイラと8歳のフィビーのしゃべりは、今すぐにでも舞台に立ってプロの子役としてでも一流になれるくらい、表現力が半端ない。しかも母国語ではない英語で話す。こんなことを言ってはお父さんのグザビエさんとお母さんのセリーヌさんに失礼極まりないが、フランス語訛りの強い両親の英語より遥かに聞き取りやすい。
抑揚も、間も、表情も、身振り手振りも完璧だ。もし、覚えたセリフを言わされていたとしたら、どんな天才子役でもこんな離れ業はできない。こんなことが出来るのは、彼女たち自身が生まれてからずっと自転車で移動し、テントで寝泊まりしながら地球上のあらゆるところを旅してきたノマドライフ、遊牧民生活の張本人であるからに違いない。それを当たり前のように、異国の地で、いや彼女たちには異国という国はないのかもしれないが、大人数の前でこれだけ堂々と、しかも軽々とやってのける。そのことに感服した。各地で講演会をすると「教育はどうされているのか?」などという質問がよく出ると聞いたが、この二人を見たら、世界中のどんな優れた教育機関で教育を受けたとしても、この二人には絶対に敵いっこない。自明の理だ。
また、映像が素晴らしかった。ほとんどは写真家でもあるグザビエさんが撮影したのだとは思っていたが、所々では専門の撮影スタッフが入って撮影したのだとばかり思ってみていたが、全てグザビエさんが撮影したものだというから、恐れ入った。そのままドキュメンタリー映画として今すぐにでも世界各地で上映してもなんの問題もない。いや、それどころかオスカーで長編ドキュメンタリー賞を獲れるレベルだ。これは映画化すべきだと本当に思う。
そして、この本の著者でもあるセリーヌさん。「肝っ玉母さん」というと、どこか逞しさはあっても少し雑だったり、大らかであっても少々気配りが足りなかったりするようなイメージを持つかもしれないが、彼女は文化人類学者でもあるから、とても知的で、司会者のマイクを直してくれたりと目配り気配りもでき、優しい表情の中にまぎれもない芯の強さを感じさせ、それでいてユーモアも忘れていない、そんな「スーパー肝っ玉母さん」だ。そんな彼女が発する言葉は詩的で情緒に溢れている。15年にわたり自転車で世界中を旅し、あらゆる過酷な環境の中、様々なトラブルに巻きこまれる中で育まれてきたものなのか、もともとの彼女の質なのかは分からないが、まあとにかく肝が据わっているなあと感じた。僕は肝が小さい男なので、一瞬で分かる。もし、戦いの場で出くわしたら、絶対に戦ってはいけない部類の人だ。その存在感に恐れ入った。とは言え、全く威圧的ではないし、非常に友好的な人であることは、誤解があってはいけないので付け加えておく。
質疑応答の中で「24時間、365日一緒にいるなかで、家族間でうまくやっていく秘訣は?」というような質問があったが彼女は「トーキング」と答えていた。僕も結婚してからずっと自営業で、自宅が職場だったことも長かったので、よく患者さんから「ずっと一緒でよくやってられるね」と言われとこともあった。僕たちもかなり話す方だとは思う。僕にも2人の娘がいるが、小さいときからなるべく彼女たちの意見も聞くようにしてきた。しかし、昨夏、僕は家族の大事な決断の時に次女の意見を直接聞かずに、妻から間接的に聞いただけで決めてしまったことがあり、それからずっとそっぽを向かれている。それはそれで受け入れるしかないのだが、パッシュファミリーは僕とはだいぶ違うレベルで「道が差し出してくる全てを受け入れ」「未知との出会い」を楽しみながら、毎日を過ごしている。
そういえば、冒頭にこんな言葉をナイラとフィビーが語った。
「生活に必要なすべてのものを持って移動しながら生活することを想像してみてください」
「この地球がどこでも家になることを想像してみてください」
僕はそれなりに既成概念にとらわれずに自由に生きてきたつもりだったが、パッシュファミリーは全くもって規模が違った。僕がこの年になっても考えもしなかったことを、この子たちは生まれた時からずっとやってきているのだ。
そしてセリーヌさんが最後にこんなことを言っていた。
「これはただの選択なんです。私たちが何を大切にして生きていくかという、生き方の選択の一つなんです。家族のうち一人でもこの生活をやめたいと言うまではおそらく旅を続けるでしょう。でも、今はこの形が私たち家族にとっては一番幸せな生き方なんです」と。
パッシュファミリーにはことごとく恐れ入った。

たった往復14kmを歩いただけでパンパンになった脚で(パッシュファミリーはこれまで100,000km以上も走っているのに!)、たった0℃の中をあるいただけで悴んでしまった手で(パッシュファミリーは-46℃を体験しているというのに!)、12歳のナイラと8歳のフィビーの表現力には全く歯が立たない拙い言葉で、熱が冷めないうちに打ち込んでみた。
以下、後日談。
講演会の翌々日、どうしてもお礼がしたくて、僕達が育てたお米をそっと置いて帰ろうと思い、パッシュファミリーが今仮住まいをしているという集落へ行ってみた。もちろん、はっきりとした場所はわからない。集落に行って、誰かに聞けば分かるだろうと思って行ってはみたが、外には人っ子一人いやしない。
諦め半分で集落内を車でウロついていると、ある家の窓際にナイラの姿が!
奇跡だ!
さっそく車を止め、そのお宅の敷地へ入っていくと、手前の部屋ではパッシュ夫妻と植田さん夫妻が打ち合わせ中だったみたいで、かなり驚いた様子で僕を迎えてくれた。
あがってコーヒーでも、と誘われたが、今週末からは1週間の東京遠征があることを知っていたので、たくさんお話をしたかったが、その打ち合わせのお邪魔をしてはならないと思い、丁重にお断りし、お米だけ渡してその場を去った。
帰りの車中、自分でも驚くほどに僕の体内では心臓の鼓動が響いていた。
まさか、パッシュファミリーがご在宅とは思っていなく、しかもみんなが僕を覚えていてくれて、迎え入れてくれるなんて!
その後、パッシュ夫妻からお礼のメッセージが届いた。
その中にこんな一文があった。
「あなたは自然と導かれるように来られましたね!こういうことはよく起きるものです。私たちの周りにはいつも導いてくれるサインがあるものですね」
本当にそんな感じだった。

パッシュファミリーの皆さんの旅の一部にほんの少しでも加わることができたこと、光栄でならない。

