僕はずっとこんな生き方をしてみたかった〜『私たちは遊牧民として生きることにした』を読んで〜

とても一言で表せないが、あえて言わせてもらえるなら「こんな生き方をしてみたい」だ。

自転車で旅をする人の話はよく見聞きするが、15年以上続けているなんてもうそれは旅ではなく、生活だ。暮らしそのものだ。

僕は野暮な人間だから「生活費は?住民税とかは?」などの疑問が湧いてこないわけではないわけではない。でも、それよりもなによりも真っ先に湧いた、そして読み終わってもずっと残っている感情は「羨ましい」だ。

自転車で旅すること、過酷な環境に身を晒すこと、様々な土地や文化、言語や食べ物にであうこと、大切な人と苦楽をともにすること、どれも羨ましいが、最も羨ましと思ったのは、この環境で子育てができることだ。この本では旅の前半、いや冒頭に過ぎないかもしれない時期までのことしか記されていないが、今、「パッシュファミリー」で検索すると二人の娘さんが一緒に自転車を漕ぎ、様々な環境で様々な文化に触れ、その小さな体でそれらをそのまま味わっている様子が見ることができる。

僕にも2人の娘がいる。それなりに色んな面白い大人たちに会わせたり、色んな経験をさせてきたつもりだったが、とてもじゃないがパッシュ夫妻には到底敵わない。いや、これは反則だ。いやいや、そもそも子育てにルールなんてないのだから反則なんてない。ただ僕がそこに至らなかっただけのことだ。それが悔しくてたまらなく、そして羨ましい。こんな子育てがしてみたかった。親と子が同じ環境で、同じ経験をし、それでいて違う感じ方をする。そして、それらを共有し合う。さらに、それを世界中の様々な環境と文化の中で繰り返す。しかもそれは特別なイベントとしてではなく、当たり前のように日常で行われている。こんな環境で育った2人の娘さんが、将来どのような人生を歩み、どのような言葉を発するのか。僕の2人の娘たちの、またバランスからだ塾の子どもたちのそれも気になるが、パッシュ夫妻の2人のお嬢さんのそれを見るためだけでも、僕にちょっと長生きをしてみたくさせる。

さらに、この本の出版社の社長であり、日本語訳をしたのは、僕が以前、偶然テレビで観たあの激レアさんな植田紘栄志さんだ。僕が上野公園内の売店で象のウンチで作ったという「ぞうさんペーパー」のレターセットを娘たちのおみやげとして買って帰り、その数年後、それを作ったという人がテレビで出ていた。それが植田さんだ。その植田さんが、広島のしかも僕が毎週通っている島根県との県境の芸北地区に住んでいらっしゃるとのことで、繋いでもらい、実際にお会いさせていただくことができたのは偶然にしては話が出来すぎている。そのうえ、その植田さんは今、僕が作ったコメを食べてくれている。この本も植田さんのお店に行き、買わせてもらった。そしたら植田さんがパッシュファミリーと僕は話が合うだろうから会う機会を設けましょうとまで言ってくださる。

なんということだ!

こんなことがあるのか!?

これが人生というものか。

この本を書いたのは奥様のセリーヌ・パッシュさん。セリーヌさんは文化人類学者でもあり、山岳ガイドの経験もあり、ヨーガにも触れていて、自然への畏怖の念も持ち合わせている。そんなセリーヌさんだからこその記述がある。

「この旅は、困難に挑むためのものではない。それは、私たちの奥深くに流れる“生命の力”を確かめるための探求だ。限界は外にはない。限界とは、心が作り出す幻想にすぎない。もし、心だけに頼っていたら、私たちはこの場所にたどり着けなかっただろう。思考の限界を超え、生命のエネルギーと心そのものに導かれるーその時初めて、私たちはほんとうの意味で前へ進むことができるのだ。」

また、こんな記述もある。

「風景が変わったのではない。変わったのは、私たちの“感じ方”だった。」

さらに旅を続ける中でこんな記述もある。

「人生というものは、常に創造的だ。私たちの小さな思い込みや、常識という狭い枠の中に、私たちを閉じ込めておくことなど決してできない。たとえ私たちが常識にしがみつこうとしても、人生は必ずそれを揺さぶり、最後には手放すことを迫ってくる。(中略)知識や計画、期待を信じるものではなく。“道そのものを信じる”と決め進んできたのだ。」

そして、この本の最終盤にこうある。

「一番大きな気づきは、“流れに身をゆだね、受け入れること”だった。それは、ただ諦めることではない。むしろ信じることだ。そうすれば人生はそっと私たちを支えてくれる。その優しさを、私たちはようやく知り始めていた。」

あえて偉そうに言わせてもらうと、これらの記述は体を持ってして経験しないと出てこない言葉だと思う。これらの体験・経験をもとに発せられた言葉にこそ、この本が理性ではなく、体にダイレクトに訴えてくる要因があるのだと思う。

また、これらの言葉をこのような日本語で訳した植田さんもまた、海外で実際に様々な経験をされたからこそ出てくる言葉なのだと思う。この2人の、いや3人の経験の相乗効果がこの本の温度を高めている。

パッシュファミリーと、植田さんご夫妻とテントの中で呑み明かしてみたい。いや、雪に覆われた芸北の地で満点の星空を見上げながら、凍えながら呑み、語り尽くすのも悪くないと思える。

そんな妄想をしながら、極寒の(パッシュファミリーにとっては極寒ではないと思うが)芸北の地で一人、僕なりの拙い言葉を必死に紡いでこの文を素直に綴ってみた。

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